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イエス:愛を信頼せよ、何故なら愛は決して見当違いではない唯一の信頼だから [イエス:ヨシュア]


イエス
Jesus


愛を信頼せよ、何故なら愛は決して見当違いではない唯一の信頼だから
Trust in Love, because It is the only trust that is never misplaced.



December 28, 2014 by John Smallman
ジョン・スモールマン経由
Channeler: John Smallman



この霊の数々の領域の中で、今後皆さんは、皆さんが望む時は何時でもここで瞬時の無限な手段をすぐに手にすることができるようになるでしょう。

 

わたし達は、人類がその必然的な目覚めに向けて達成している巨大な進行中の進歩を、喜んで観察し続けます。

 

それは必然的なものであり、そしてその出現の瞬間は、あらゆる瞬間にさらに近付いています。

 

ただ今という瞬間だけがあり、それは無限で決して尽きることがなく、その中ですべてが起り、その中でそのすべてが存在します。

 

そして皆さんは、これからそれを自覚するようになり、そして次にそれにこころを開き、皆さんはその場所で、その感嘆の際の驚きで、そして皆さんは今までいつもここにいたという新しく気付いた自覚の中で、圧倒されることになるでしょう!


 


今まで皆さんから差し引かれたものは、何もありません。

 

皆さんが過去に築き、今は皆さんを抑え制限するように見えるその幻影だけが、今まで非常に説得力があり延々と続く夢になっていました。

 

そのため、皆さんがその夢から皆さん自身を解き放つことを怖れている理由は、その夢から離れたものは何もないように見えるため、もしも皆さんが皆さん自身を解き放ってしまえば、今後皆さんの在り方は終ってしまうと皆さんが考えるからです。

 

言うまでもなく、真実からさらに遠くまで進むことができるものなど、何もありません!

 

皆さんはすべて、時間という幻影を通して死、忘却、無といった限界と終了で遊んでいる、永遠の存在です。


 


皆さんは、人生は遥かに皆さんが思い描く以上のものである、人生は気分を高め、鼓舞し、事実通り歓びに溢れるものでなければならない、といった一時的な感覚または知覚を持ちます。

 

しかし皆さんは、既に皆さんが脱却した子供じみた戯言、子供じみた夢として、そういった感覚をほとんど退けます。

 

そして皆さんは、皆さんの子供達に同じ課題を教えます。

 

しかし現在の子供達は、そういった滑稽な課題を学ぶことを大規模に拒否しています。

 

そして子供達は、子供達が生きることを選択している方法によって、今まで皆さんがどれほど見当違いをしてきたかということを、皆さんに実証しています。

 

そしてそれは、喜びのさらに別の理由です。


 


現在の子供達は、自分達の神聖なる遺産を意識しないまたは自覚しないことは遥かに少なく、そして子供達の光をひとつの暗い外套で覆い、子供達の家族、文化、そして宗教の規則や教義に卑屈に振る舞うことに遥かに消極的です。

 

子供達は、そういった規則や教義は狂気であることをまさに徹底的に認識していますが、しかし数多くの子供達は、それが子供達の意識的な人間の自覚に充分に現れる時点に、あるいは子供達が子供達の知識と理解を皆さんや他の人々に開示する準備が整っている時点に、まだ達していません。

 

子供達は皆さんを愛し、そして皆さんを怖がらせることを望みません。


 


もしも皆さんの信念と認知が、皆さんに幻影だと明らかにされているその信念と認知という存在によって突然にそして取り返しのつかないほど取り除かれてしまったとすれば、数多くの皆さんが驚くでしょう。

 

しかしその一方で、愛は皆さんの自由意志に逆らって機能することはなく、そして皆さんの信念と認知は、既に皆さんが受け入れてそれに支配されることを選択している自由意志の選択です。

 

愛はその自由意志の選択を受け入れて、皆さんの避けられない精神の変化を忍耐強く待ちます。


 


皆さんの準備が整った時、皆さんはそれを捨て去ることになるでしょう。

 

しかし現時点では数多くの人々が時期尚早であり、人々はその人々の過去の状態を望みます。

 

しかし人々の怖れが人々に対するひとつの強い影響力を持つ理由は、人々の別の人への信頼が裏切られた時に、人々はかなり何度も辱められ、欺かれてきたからです。

 

神を含めて別の人を事実通り信頼することができる時を感知する人々の能力は、今まで人々の幻影の内部の経験によって弱められてきました。

 

人々は幻影の中で、人々が信頼できる誰かを、そして今後人々自身のために人々を無条件に愛することになる誰かを必死になって探そうとしています。

 

そして今まで人々が頻繁に見当違いをして裏切られてきた時期は、信頼し愛する誰かを探し求める間になっていました。


 


愛はそこにあるすべてです。

 

この神聖なる真実はあらゆる人間のこころに沁み込んでいますが、しかし愛を受け入れる勇気が、依然として少し不足しています。


もしもわたしがまさにこれを思い描いているとすればどうなるのか?


もしもわたしが愛の中でこころを開いて、ただ愛を込めて振る舞うとすれば、わたしは利用されることになるだろう。

 

わたしはさらにもう一度裏切られることになるだろう。


わたしは待って他の人々が行っていることを確認した方が身のためだ。


 


しかし待つことは、必然な物事を遅らせることであり、そして遅れる必要はありません。

 

皆さんはすべてその神格、皆さんの神聖なる根源からの、そして霊の数々の領域の中のわたし達すべてによる充分な支援を受けています。

 

そのため皆さんは、愛に対して安全にこころを開き、愛を自由に提示することができます。

 

皆さんは折りに触れて苦労の味を知るかもしれませんが、しかしそれが、悪い方に進むことができるすべてです。


 


愛を信頼してください。

 

何故なら、愛は決して見当違いではない唯一の信頼になるからです。

 

人間関係の中で裏切られたという皆さんの愛の経験が起った理由は、皆さんが条件付きで愛し、何かが戻ってくることを期待し、誰かを愛する見返りとして皆さんが何かを所有したと感じたからです。

 

それは言うまでもなく愛ではなく、それは交渉でのひとつの試み、ひとつの仕事上の調整の設定であり、そして仕事は極端に競争的であり、ひとつのより良い取引が提示される時に、仕事は先に進みます。

 

今まで皆さんは、すべての間違った場所の中で愛を探し求めている人間として何度も繰り返し転生してきたため、悠久の時の間全体で、それが何度も皆さんの経験になっていました。


 


今後皆さんが愛に気付くただひとつの場所があり、そしてそれは、皆さんが皆さんの聖なる内面の聖域を訪れて、皆さん自身を無条件に受け入れる時に、皆さん自身の内部にあります。

 

皆さんの自己判断、皆さんの自己不信、皆さんの自責をすべて解き放ち、そしてあらゆる皆さんひとりひとりが愛から創り出され、愛の中で創り出された完璧な神聖なる存在であり、しかも皆さんのそれとは反対のすべての認知と信念は実在せず、幻影的なものであるという事実を、完全に受け入れてください。


 


神が創り出すものは永遠的で変わることがなく、そして神が皆さんを創り出しました!

 

その中で皆さんが皆さん自身を多少なりとも不適切だ、他の誰かよりも劣っている、他の誰かと同じように素晴らしくはない、そして時に他の誰かよりも素晴らしいと気付く、その皆さんの虚偽の自己査定のすべてを手放してください。

 

あらゆる皆さんが、神によって永遠にそして無限に愛されます。

 

そして完璧なその存在状態を変えることは誰もできず、それは永遠です。


 


犠牲者達、殉教者達、虐げられ、踏みつけにされている者として自分自身を理解する人々は、彼らは善良であり続けていて、彼らの苦悩は神またはわたしを喜ばせると装うことによって、頻繁に自分自身を正当化します。

 

そして彼らがその苦悩を喜ぶ理由は、彼らは既に賠償を、そしてもしかすると次の人生の中で、彼らを苦しめた人々は永遠に地獄の炎の中に投げ込まれる死後の人生の中で、復讐さえ約束されていると、彼らが考えるからです。

 

皆さんの敵、皆さんに同意せず、皆さんを間違わせたあらゆる人々に対して用いようとする別の常軌を逸した発想が、幻影の中で驚くほど発達しました。


 


あらゆる皆さんが、宇宙の中心です。

 

神はひとつであり、皆さんはそれぞれが神とひとつです。

 

そして神は、そこからすべての創造が広がるその中心であり、宇宙の中心です。


 


しかしその一方で、幻影の内部では、皆さんの自我は、その脅えた分離の状態の中で、今までその概念を用いて、他のすべてを犠牲にして、自我自体を強化してきました。

 

あらゆる人がひとつの分離した島であり、孤独であり、それを取り囲むすべてによって、より賢く、より強く、より多くの情報を持ち、より良く武装している状況によって、脅かされているという、自我の信念です。

 

しかしその怖れは、より強くより賢い他の誰かがいつでも現れる可能性があり、そしてその怖れ、その認識される脅威は、それに対して準備が施され、それに対して防御して、可能ならそれが皆さんを破壊するひとつの機会を持つ前に機先を制して破壊されなければならないという状況のままです。


 


皆さんは幻影の中で有能に生きるために実際にひとつの自我を必要としますが、しかし大多数の皆さんは、今まで自我をひとつの偶像の状態にまで高めてきました。

 

皆さんは皆さんの身体と脳の姿の中でその偶像を憧れて崇拝し、次にその偶像が皆さんに助言して支配することを許し、そうするように働き掛けます。

 

そして自我は非常に負けず嫌いであり、皆さんが対立と不協和に携わるように働き掛けて、その状況の中で自我は他の人々の自我を破壊して、皆さんが自我の技能と叡智を通してその最高の勝者になり、正しい者になることを皆さんに証明しようと試みます... そしてその結果、皆さんはまさに何度も繰り返し、延々とそれを行うことが必要になります。


 


皆さんがひとつの強力な意図で愛に携わる時、皆さんの自我は異議を唱えることになりますが、しかし自我は愛を畏怖し、愛に脅えています。

 

そのため、皆さんが愛に溢れようと試み、意図しながら怖れと不安に出会う時、皆さんは皆さんの自我に関与していることを自覚して、自我を無視するか回避することを選択して、従って皆さんの真の自己が皆さんを導き方向付けることを許してください。

 

皆さんがそれを行う時、穏やかさが流れ込むことになるでしょう。

 

そして皆さんは、その愛に溢れる抱擁の中で皆さんを絶えず抱き締めて、皆さんが愛の方を向いてその抱擁に戻ることをいつもこれほど忍耐強く愛を込めて待っている、その愛を感じることになるでしょう。

 

その愛が皆さんを慰め、元気付けて、皆さんを皆さんの永遠で楽しい遺産に目覚めさせることができるように、永遠の神聖なる提案が、今まで皆さんのその提案に対する容認を待ち続けていました。

 

皆さんがこれを行う時、皆さんは、その皆さんの容認を確かめることになるでしょう。


 


皆さんの愛情溢れる兄弟、イエス。

Your loving brother, Jesus.



http://johnsmallman2.wordpress.com/2014/12/28/trust-in-love-because-it-is-the-only-trust-that-is-never-misplaced/


翻訳★森のくまさま...ありがとうございます。
転載される場合には、出典を明記してください。

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