アルクトゥルスの集団 : 愛 [アルクトゥルスの主、集団、存在達]
Arcturian Group
Love ~ August 3 2014
マリリン・ラッファエーレ経由
Channeler: Marilyn Raffaele
The Arcturian Group 8/3/14
AUGUST 3, 2014
アルクトゥルスの集団は、もう一度愛について話をしたいと思います。
何故なら、地上の人々が前進する時に、愛の本質が最大限に重要になるからです。
3次元の信念体系は愛に関する無限の概念を保有しますが、その何れも本質的なものではありません。
愛は、すべての創造をひとつに結び付ける接着剤です。
愛は、ひとつの神聖なる意識の内部のすべての生命の間の相互に結び付いたエネルギーです。
それは、外観として別々の生命体に流入し通過するひとつのエネルギー、実質、そして活動ですが、それにもかかわらず、いつも一体として存在する理由は、それが存在するすべて、遍在になるからです。
あらゆる人が、すべての生命の間の聖なる結び付きを経験し、世界はそれを愛と名付けてきました。
3次元の信念体系の内部の霊的な無知のせいで、この結び付きの感覚、つまり“愛”は、時間と伴に個人的にそして普遍的に分類され、限定され、そして愛の本当の姿とは懸け離れた信念へと調整されてきました。
愛は、それによって愛が判断される“適切な”または“不適切な”位置付けに分類されるか入れられるものではなく、またそれは不可能です。
すべての生命は一体性の中にある唯一の生命であり、そしてすべてはこのおかげで結び付けられています。
人生のすべての問題点ように、ひとりの個人の意識は、個人の特定の信念体系に従って相互に関連した(愛の)エネルギーを解釈し、その結果愛を肯定的(一体性を反映している活動)にまたは否定的(戦争、強奪、虐待)に明示します。
誰が愛に値し、誰がそうではないかという判断です。
真剣な霊の生徒にとって、愛に関する3次元の見方を超えて一体性を反映する自覚、容認、実践へと向かうことは、遠い昔の時代から行われているものです。
愛は性的な魅力ではなく、また皆さんが別の人に対して感じる(肯定的または否定的な)情緒的な反応でもありません。
それでもそれは、しばしば、特に皆さんが他の数々の生涯の中で良く知っている人々に感じる、愛のひとつの面です。
愛は、自我のひとつの思い付きに応じて人々が差し控えるか与えるものではありません。
愛は今という瞬間の実在です。
以上。
時間と伴に、目覚めていない世界意識は、愛に数々の規則と制限を加えました。
情緒の部類、引きつける力、容認、宗教的な教義、価値等であり、特定の愛の分類だけを容認できるものだと宣言することです。
一部のこうした規則は、人々が創り出した時代には必要でした。
しかしその一方で、今は新しい時代、こうした概念や信念から抜け出す時です。
3次元の精神が愛についてどれほど多くの偽りの解釈を思い付くかという事実にもかかわらず、愛は今という瞬間の実在であり、今までもこれからもその通りであり、決して制限することも変えることもできないものです。
数多くの人々が、愛は誘因または受容というひとつの情緒であるという根深い信念のせいで、依然として一体性としての愛の考えと格闘します。
このせいで、その人々は、他の人々に問題を引き起こしているように見える自分自身か任意の人々を愛することができないことに気付きます。
これは理解することができますが、これで皆さん自身を判断せず、その代わりに、皆さんはそれぞれの生涯の度にこうした概念を教えられ経験し、その概念が細胞の記憶の中に留まる状態を引き起こしたことを、理解してください。
それは今、皆さんが認識して一掃することができるものです。
ほとんどの人々が、今までそのさらに深い真実に対する準備が整っていませんでした。
愛の概念は、自分自身を知的で霊的な権威者と考える人々によって、絶えず世界に提示されます。
それはある水準では素晴らしいことですが、しかし霊的な生徒としての皆さんは、既に皆さんに真実であるものと真実ではないものを皆さんに伝える他の人々を必要とする状況を超えています。
既に皆さんは、皆さんが内部から教えを受け取ることができる意識状態を実現しています。
古い信念は、しばしばそれがもはや役に立たなくなった後も長い間維持されます。
その理由は、単純にひとりの個人が、決して自分自身を充分に観察するか自分の信念体系に疑問を持つことが重要だとは感じてこなかったからです。
これが、おそらく“目覚まし時計”が鳴る時です。
愛は一体性のエネルギーであり、すべての生命の先天的な神聖なる特質のひとつの認識です。
数々の出来事が皆さんにしっかりと話すまたは他の人々を規律に従わせることを要求する時でさえ、皆さんは、ただその人々の神性に関する認識を静かにそして密かに維持して、その人々を愛し続けることが必要になります。
皆さんが世界の中か皆さん自身の家族の内部でさえ残虐な行為に気付く時、皆さんは、それについて温かく大切に感じことは期待できません。
もしも相談されるなら陳情書に署名するか遠慮なく意見を述べることは完全に容認できることですが、しかし外部の状況にもかかわらず、すべては一体性の内部でひとつであることをいつも認識している観点からそれを行います。
愛から理想を実現することは、決して他人に踏みつけにされて我慢することを意味するのではなく、求められることを皆さんが行うか口にする時に、皆さん自身や他の人々をその本当の姿として受け入れることを意味します。
それは、幻影的な外部の状況に力を与えないという行為です。
他の人々に問題や苦痛を引き起こす個人達の神性を認めることは非常に困難であり、彼らは今回の生涯の中で決してその神性を認めることはないかもしれませんが、しかし皆さんの仕事はその神性がそこにあることを認識することです。
これが愛であり、これが皆さんの愛し方であり、そしてこれが、皆さんが世界意識に光を加えて分離した意識の運命を晴らすために役立つ方法です。
人類が最も正しい意味で愛する方法を学ぶまで、愛は時代遅れの概念や信念の中に閉じ込められたままになるでしょう。
内部に向かい、皆さん自身にこう尋ねてください。
“愛とは何か?
わたしは愛について何を信じるのか?
愛の本当の意味へ進むためにはわたしは何を手放すことが必要なのか?”
皆さんが皆さんの愛に関する特定の信念を調べる時は極端に正直になって、長い間維持されてきた信念を手放すことは、今後高い確率で“古い”皆さんを唯一認識する皆さんの周りの人々との交流に影響を与えることに、気付いてください。
3次元の中で他の人々を愛することは、頻繁に基準に満たない何かを改める必要がある人々が存在するという信念に起因します。
他の人々を支援する方向に向けたこの態度は、二元性を、つまり与える者は祝福され、受け取るものは祝福されないという信念を反映し、しばしば与える者の自我を増大する目的を果たし、与える者は、自分の“犠牲”という理由で、自分自身をより霊的な者または“聖なる”者だと考えます。
人生は、物質的に、情緒的に、あるいは精神的に他の人々を援助する数々の機会に溢れています。
そしてこれは、正しい活動です。
しかしその一方で、霊的に自覚した愛に溢れる行為は、さらに高いひとつの感覚、受け手がまさに与え手と同じように霊的であると評価される感覚に起因することが必要になります。
同等で、しかし異なる人生の課題を経験し、その時点でもしかすると異なる意識状態から理想を実現している者として認識されることです。
もしも支援を依頼されるなら、支援を提示することを怖れないでください。
しかし、皆さんは別の人にとって最善のことを認識していると皆さんが信じるように駆り立てる自我の示唆に、いつも警戒してください。
いつも皆さんの直観に導かれるようにして、内部に向かい、そして皆さんは確信が持てないかどうかを尋ねてください。
一部の人々は、さらに高いまたはより良い学び方を経験できる前に、単純にあっけなく失敗してしまいます。
しかしその一方で、単純に人々を愛に溢れる状態にすることは、難しいことです。
最も高い意味で、皆さん自身を愛することです。
わたし達はアルクトゥルスの集団、2014年8月3日
LOVING YOU in the highest sense, we are the Arcturian Group 8/3/14
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