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地上の先導者:ひとりの神、ひとり以上の神 [地上の先導者]


地上の先導者
Earthen Master


ひとりの神、ひとり以上の神
One God, more than one God.



23 May 2012 - 3:50pm
ペトラ・マルゴリス経由
Channeler: Petra Margolis



霊的な信念体系に関する限り、数々の宗教が今もなお地球の人口のほとんどを支配していることに関して、わたしは疑問に思っています。

 

 

そして今は、数多くの宗教的な信念体系が全面的な見直しか、ある意味で人々に新しい考え方や穏やかに暮らす方法を与えるように破壊されることさえ必要になっているように見えます。

 

 

わたし達の歴史に目を向け、数千年遡る時、数々の宗教、つまりひとり以上の神の信念体系が存在し、そのひとり神の原理は約2000年前まで実際に活動し始めていなかったことを、わたし達は理解します。

 

 

エジプトの人々はひとりの神の期間を経験しましたが、しかしそれは、ひとりの神の原理を実施したファラオにとって余り上手く機能しませんでした。

 

 

わたし達が、例えば多神教徒のようなさらに古い信念大家に目を向ける時、わたし達は彼らがひとりの神以上の神々や女神を持っていたことを理解します。

 

 

彼らは、もしも彼らがひとりの神を持とうとした場合よりも、このようにしてより安定的に暮らすことができました。

 

 

わたし達が仏教に目を向ける時、わたし達はひとりの以上の神性を確認します。それは、キリスト教やイスラム教よりもさらに安定しているように見えます。

 

 

彼らのすべてが、彼らが経験していた特定のエネルギーに名前を与え、特定の神性に対して祈りを捧げることによって自分達自身の内部の数々のエネルギーを安定させようとしました。

 

 

彼らは、特定の神や神々に祈りを捧げることによって、自分達の外部の数々のエネルギーを安定させようとしました。

 

 

もしもわたし達がさらに遡ってみると、人々は自分達の信念体系の一部として、水、空気、炎、風、太陽や月といった数々の元素を用いようとしました。

 

 

人々は自分達の周りの世界とさらに安定した状態で暮らし、こうして地球ともさらに安定した状態で暮らしていました。

 

 

すべての宗教は、人々がこの世界に現れた仕組みを確信していなかったこと、自分達の人生の目的を認識したかったこと、ある意味で自分達の人生を制御することができることを望んだことに基づいています。

 

 

ブードゥー教のような数々の宗教があり、彼らは長い間周りに存在してきましたが、善と悪という小島の両側で機能する女神や神々を持っています。

 

 

しかしそれにもかかわらず、それは、彼らの内部と、彼らと彼らの周りの世界の内部の安定を見付け出す別の方法になっています。

 

 

しかし言うまでもなく、あらゆる宗教はわたし達の内部あるいは周りの安定を覆すために用いられる可能性があります。

 

 

何れにしろ、あらゆる宗教は外部の数々の力を通してエネルギーを安定させようとする意識を持っているように見えます。

 

 

しかしその一方で、一神教は、わたし達の内部や周りの数多くの異なるエネルギーを表している神々の多様性を持っている数々の宗教よりも、より支配的なものになっているように見えます。

 

 

一神教は人々がそう判断している数多くの聖人を持っていますが、しかしこうした聖人達は、実際に数々の異なるエネルギーを表現したものではなく、それにもかかわらず、彼らはさらに別のひとりの神のエネルギーの表現になっています。

 

 

内面の進歩に関する限り、自分達の内部と周りの安定を見付け出すために宗教を利用している人々の、その内部と周りの安定を見付け出す方法を教えるという意味で、わたし達はどの宗教がより成功を収めてきたのかを確認することができます。

 

 

現時点における数々の戦争はその大部分がこうした一神教が原因になって戦われているため、その安定は、一神教の原理によってほとんど根絶されてきました。

 

 

例えばわたし達が数々の多神教や仏教に目を向ける時、わたし達はそこに外部世界とのより多くの安定があったことを確認します。

 

 

仏教に目を向ける時、わたし達は内面の世界の内部でさらに多くの安定を確認します。

 

 

多神教は、一神教によってほとんど破壊されてしまいました。

 

 

しかしこの一神教は、人々を一神教に誘い出すために、多神教の儀式の一部を採り入れました。

 

 

ひとりの神あるいは神性以上の神々を有する信念体系がほとんど破壊され、そのためこうした数々の宗教の知識が失われたことは、今までに何度もありました。

 

 

わたし達はこれを、どういう訳か古代の知識が失われているエジプトでとても明確に確認します。

 

 

エジプトの数々の神殿の古い教義と、ほとんどが一神教のイスラム教に変化したことの間には、ひとつの断絶が存在しているように見えます。

 

 

しかしその一方で、わたし達はまた、一神教はこうした数々の宗教を男性エネルギーの手中に置き、女性の数々のエネルギーは、彼らが存在することを許した少数の聖者を除いて無視されています。

 

 

イスラム教はそれをさらに進めて、ほとんど完全にその女性のエネルギーを絶滅させています。

 

 

もしもわたし達が現時点でわたし達の周りに目を向ければ、その戦争はキリスト教徒とイスラム教の間のものであり、両方が非常に男性指向的なエネルギーになっています。

 

 

これは女性が関与していないことを意味している訳ではありません。

 

 

何故なら、わたし達は女性でさえ時に完全に両方の宗教に埋没させられていることを確認することができるからです。

 

 

イスラム教の数々の集団は、自分達の神の概念を承認しない他の人々を殺すために、自分自身の子供達を利用することを躊躇わない女性達を抱えています。

 

 

キリスト教徒はその上、イスラム教と同じように今は自分達の神をひとつの武器として利用し、彼らは人を殺すことはありませんが、しかし大抵は人々を抑圧します。

 

 

今世紀に現れているニュー・エイジの数々の教義は、時々、わたし達をあらゆる宗教を超えてわたし達自身の知識に連れて行こうと試みてきました。

 

 

数多くの人々が、神はわたし達すべての本来の姿の表現に過ぎないということを自覚する自分自身の知識を成長させてきました。

 

 

しかしその一方で、神という言葉は数々の男性エネルギーを背負わされていて、わたし達の周りの数々のエネルギーの内部だけではなく、またわたし達の内部のある不安定を表しているため、数多くの人々にとってある否定的な影響を持っているように見えます。

 

 

神という言葉は、天国と地獄、善あるいは悪、そしてわたし達の人生を生きる方法に関する限り、さらに多くの二元性的な物の見方を表現するものになっています。

 

 

しかしその一方で、神という言葉は今もなお数多くの交信の中で使用され、神という言葉が人間としてのわたし達を描写するために用いられているため、混乱してしまいます。

 

 

しかしまた、同じ交信の中で、神という言葉はわたし達人間に対して起っているものをある程度支配しているひとつの存在として用いられています。

 


これはまた、創造主という言葉でも起っていますが、それでも創造主という言葉はそれに付着している否定的なエネルギーは比較的少ないものになっています。

 

 

数多くの人々が、アトランティスやレムリアにまで遡る他の生涯の記憶を持っています。

 

 

問われるべきは、そうした時代にはどのような信念体系が存在していたのか、ということです。

 

 

その当時は、何らかの信念体系は存在していたのでしょうか?

 

 

時に、わたし達は過去に遡って、わたし達の未来に向かう道を見付け出すことが必要になります。

 

 

これは時に、既知のものを見付け出すために未知のもの向かって飛び込むことを意味しています。

 

 

おそらく今は、あらゆる信念体系に対する執着を手放す時であり、ひとりの神あるいは数多くの神々は問題ではなく、わたし達自身の内部に信頼をおき始め、わたし達の外部のひとりあるいは数多くの神に信頼を寄せる代わりに、わたし達自身の価値を信じ始める時です。

 

 

 

ペトラ・マルゴリス



2012年5月23日
Petra Margolis
May 23, 2012
www.ascendedmasters.org

http://lightworkers.org/channeling/159958/one-god-more-one-god

翻訳森のくまさま...ありがとうございます。

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